旅で外部の刺激を楽しむのもいいけど、一箇所にとどまって自分の変化を楽しむほうが好きかもしれない。

海外でふと思ったこと。

 

旅のように、初めて見るものや触るものが多い環境では外部の刺激が強く、自分の意思で自分を変えようとしなくなる。

 

留学している人は数週間経過してようやく勉強に集中できるようになることが多いように見えた。それは環境の変化に適応して、初めて来る異国の外部からの刺激に慣れて(飽きて)、英語力を鍛えるという自分の内面の変化を楽しめるようになるからかもしれない。

 

自分は、環境に慣れる前に留学を終えてしまったので、外部の刺激を楽しむだけで終わってしまい、自分の中の変化を感じることがあまりできなかった。もう少し長い間同じ場所に滞在していたら、勉強がんばるモードに切り替えて、自分の変化を楽しむようになっていたかもしれない。

 

外部からの刺激が強すぎない状況で、コツコツと自分の変化を楽しむ生活も悪くない。学生時代はそうだったような気がする。毎日、ほとんどが学校と家の往復だった。でも、勉強やサッカーをコツコツやって、ちょっとずつ上達していくのが楽しかった。

 

今は、せっかくの仕事していない期間。旅するのもいいけど、もう少し楽しんだら変化の無い日常を取り戻して、昔好きだったITの勉強とかをしてみるのも面白いかもしれない。居場所や環境を変化させて刺激を受けて楽しむのは簡単だが、環境を変化させずに自分の変化に敏感になって、成長と変化を楽しむ生活もいい。そんなふうに思うようになってきた。

 

では旅は意味がないかというと、そんなことはなくて、自分にとって、旅は、違った意味でとても意味のあるもの。

 

旅というのは、自分を変えるためではなくて、いろいろな気づきを得たり、自分の立ち位置を俯瞰できるという点でとてもよいことだと思う。

 

物事は具体的な説明と、抽象的な説明を織り交ぜるとわかりやすくなる。それと同じ。ずーっと日本で同じ生活をするのもいいけど、たまに外から日本をみることで、日本でしていたことがよく分かるし、自分のことも分かってくる。このあたりが「自分探し」なんて言われてしまう理由なのかもしれないけど。

 

もうしばらくいろいろ旅してみたいけど、その後は自分の内面の変化に集中する期間に戻ろうと思う。そして、たまに旅に出て、今後は自分が迷路にはまってしまっていないかをチェックする期間を持ちたい。

 

自分の場合、たまに旅するくらいがちょうどいいみたいだ。

 

旅をしただけでは、すごい経験はできるかもしれないけど、すごい人間になれるわけではない。そこで得た視点や感覚を今後に生かしたい。