40代サラリーマンのぼやき

思いついたことを書いてます。雑記です。

【本】『本を読む人だけが手にするもの』を読み、これからの「成熟社会」を生き抜くヒントを得ました

以前、ポジ熊さんが書いた記事「ブロガーにも読書は必須です。書評『本を読む人だけが手にするもの』」で『成熟社会では読書が必要』という文言が書いてあり、ちょっと気になっていました。

読んでみた理由

これからの日本は『成熟社会』となり、価値観が多様化していくということは聞いたことがありました。そんな中、ぼくはもうすぐ会社を辞めます。会社を辞めてしばらく休みます。休んだあとは今の会社よりも待遇の低い仕事を始めるつもりでいます。こんな考え方は少数派でしょう。まさに自分が多様化した価値観の中で生きている一つの具体例だと感じています。

『成熟社会』を生き抜くためになぜ読書が必要なのだろう?そんな疑問を持ったので読んでみることにしました。

  

『成長社会』から『成熟社会』へ

『成長社会』だったころは企業も国もどんどん成長していく時代でした。このころは価値観はそれほど多くなかったです。いい会社に入り、たくさんの給料を得て、結婚し、いい車や家を持ち、定年したらのんびり暮らす、というのが代表的な価値観でした。人気スポーツは野球ぐらい。テレビ局はNHKと民放数社くらい。

 

なぜそんな『成長社会』が終わったか?

 

人生は、国家と企業が自動的につくってくれるものだったからだ。自分の勤める会社という「渦」に巻き込まれているだけで、会社が幸せにしてくれた。

(中略)ところがもはや、国家と企業にはそうした幸福を保証する能力がないことがバレてしまった。それぞれ一人一人が自分自身の幸福論を編集し、自分オリジナルの幸福論を持たなければならない時代に突入したのである。

 

いい会社に勤めていれば幸せなんてことはありません。ぼくは給料も待遇もまあまあいい会社に勤めています。しかし今はメンタルをやられかけて疲弊してしまいました。これが幸せなはずがないです。周囲を見ても疲弊している人がいるし、会社ではリストラのようなことが始まっています。会社は決して幸せを保証しません。

 

会社という親のような存在を離れて、自分で新しい幸福論を確立して生きていく必要が出てきたと思っています。

 

そんな『成熟社会』では何が必要か?

 

「それぞれ一人一人」の幸福をつかむための軸となる教養は、自分で獲得しなければならない。そのためには、読書が欠かせないというところに行き着くのだ。

 

確かにそうだなと思いました。ぼくは会社に絶望したときに、自分の中の幸福論が一体何なのかが分からなくなりました。そこで『仕事』をキーワードに片っ端に乱読をしました。その結果、自分の中で新しい価値観が出来上がってきました。

このことから、これからの『成熟社会』を生きて行くうえで、読書が有用であることは実体験からも納得できることでした。

 

これから会社を辞めて生きていきます。会社に勤めて与えられる仕事をなんとかやりきればよい生活ではなくなることに期待と不安の両方があります。そんな日々を生き抜くためにも、読書を通じて生きていく力をどんどんつけていきたいと思いました。

 

他にも気になったメモ

大人になったら「旅」に出ることで情報編集力を鍛える

 

これからは「正解」を当てる力である『情報処理力』だけではなくて「納得解」を作り出す力として『情報編集力』が求められる時代になるとのことです。その力を鍛えるためには「旅」をすることで頭の中のあらゆる知識と経験を結びつけて編集し、最善の対策を考えようとするようになるとのこと。

 

なぜ、アウトプットが大切なのかといえば、本を読んで、それを「自分の意見にまでつなげることができる」という成功体験になるからだ。 

 

アウトプットは大切だと思います。実際、このブログに書くということがいいアウトプットの場になっています。ただ、満足にまとめられたとは言い切れません。今後はもうちょっとアウトプットを意識しながら読んでみたいと思います。そのほうが内容も頭に入ってきます。

 

おわり

ちょっと長くなってしまいました。もっと簡潔に、分かりやすく書きたかったのですが、自分の理解がイマイチでこんな具合になりました。まあ、経験を積み重ねていきましょう。どんどん色々な本を読んで、まとめていきます。

 

ではでは